ばるぼら
手塚眞監督

11月3日、第32回東京国際映画祭コンペティション作品『ばるぼら』の記者会見と上映後Q&Aが行われ、手塚眞監督が登壇した。(フォト&動画)

『ばるぼら』は70年代末に手塚治虫が描いた連載漫画で、手塚治虫最大の異色作であり、英語、フランス語でも出版され、世界中にコアなファンを持つカルト・マンガの傑作。「ばるぼら」という名前の謎の少女に翻弄される小説家・美倉洋介のエロティックで奇怪な体験を綴ったストーリーは、手塚治虫版『ホフマン物語』とも言うべき、愛と幻想に満ちた大人向けのファンタジー。

実写化された本作は、原作通り濡れ場と深い絡みのシーンが多く登場。“ばるぼら”を演じる二階堂ふみ、“ばるぼら”に溺れていく美倉洋介演じる稲垣吾郎が一糸まとわぬ姿でそれを演じる様を、撮影監督のクリストファー・ドイルが現実のものとは思えない、美しい映像で描き出す。
日本の俳優は、“裸”に対して抵抗が強く、キャスティングにあたっては多く断られたという。その中で、二階堂ふみ、稲垣吾郎はすぐにOK返事をし、「作品の内容が内容だけに何か問題はあるか?」という手塚眞監督からの問いかけに、「いっさい問題なし」との応答。実際、撮影現場でも2人は躊躇なく演じきったと、手塚眞監督は振り返った。

手塚眞監督は、インディペンデント系の作品、すなわちインディーズ映画作品を得意とし、『ばるぼら』も相当に尖ったインディーズ映画と言えるだろう。いわゆる“商業映画”とはひと味もふた味も違うその作品世界は、観る者を選ぶところもあるかもしれない。
筆者はP&I上映で本作を鑑賞したが、二階堂ふみ、稲垣吾郎のこれまで観たことがない衝撃の体当たりな演技に、観ているこちらの本能を揺さぶられる感覚を覚えるほどだった。また、“堕ちていく男”という意味では、本年公開された『凪待ち』の香取慎吾演じる木野本郁男と通じるものもあるかもしれない。ただひとつ大きく違うのは、稲垣吾郎演じる美倉洋介本人は“堕ちている”とは思っておらず、充足感に満たされていることだ。

本記事では、プレスや関係者向けのP&I上映の後に行われた、手塚眞監督による記者会見、および、一般上映後に行われたQ&Aのもようをレポートする。

記者会見(全文)

ばるぼら

手塚眞監督
本日11月3日は文化の日ですが、同時に漫画の日です。実は、手塚治虫の誕生日です(91周年)。原作者手塚治虫の誕生日にこの映画を皆さんに観ていただけたこと、大変嬉しく思っています。

– 快楽と破滅は表裏一体。堕ちていくということは周りは心配なんですけど、本人にとっては快楽であるという非常に妖しい魅力に満ちた作品です。手塚治虫原作漫画を実写化するにあたって大切にされたことは?

手塚眞監督
原作を全部預かっている身でありますので、時々その映像化や映画化を拝見することがあるんですけど、非常にいいものもあれば、これはどうかと思うものもあります。
漫画の原作の通りに映画化することが必ずしも良いことだとは思っていません。
その漫画の大事なテーマやモチーフは残しながら、やはり作る方の考え方がしっかり表現されないとダメだと思います。
かといって、漫画からまったく離れてしまっても漫画を好きな方にとってはガッカリする結果になります。
ですから、そのバランスは非常に難しいと思います。
『ばるぼら』の場合は原作は非常に長い漫画です。これを全部映画化すると3時間くらいの長編になってしまいますし、それはあまり意味が無いように感じました。
それを観やすい長さに短く縮めて、なおかつ、その大事な要素を残すという、そこは非常に気を使ってやったつもりです。

手塚眞

– 作家の美倉洋介と、ぼるぼらを誰が演じるのかはとても大事は要素だと思いますが、今回、稲垣さんと二階堂さんは非常に役にハマっていました。ただ、その裸体や濡れ場の多さに相当ハードルが高かったと思うのですが、キャスティングの経緯を教えて下さい。

手塚眞監督
ご存知のとおり、日本の俳優の方は裸体に対して非常にシャイな方が多いんです。
ですから、脚本を読んだだけでこれは自分にはできませんということで、ずいぶん多くの俳優に断られました。
もちろん、稲垣さんや二階堂さんもそこは気にはされたと思うんですけど、ただ、作品の意味を大変理解してくださったということと、それを誰が作るかということもちゃんとわかった上で、この役を受けていただいたんだと思います。
彼らが大変素晴らしいと思ったのは、一度その脚本で受けてくださった後は、まったくそれに対して躊躇が無かったということです。ですから撮影の時もかなりセンシティブな場面がたくさんあったんですけども、ぜんぜんそこに関して気にはしないで躊躇なくやっていただきましたので、僕は演出的には非常に楽をしました。
おそらく普通の映画よりもそういう場面が多いのではないかと思います。ただこれは脚本の上で決まっていたことですし、今回この作品の場合は、私は良いバランスでそういう場面が入っていると思っています。

– 監督が原作の「ばるぼら」を初めて読まれた時と、映画化するまでの経緯について教えて下さい。

手塚眞監督
父が連載している時(1973~1974)に既に読んでいたと思います。ということは私はその頃10歳くらいでした。普通、それくらいの年頃の子どもは読んではいけない雑誌(小学館「ビッグコミック」)なんですけれども(笑)
ただ、家の中にはそれらの漫画が、父親の仕事として置いてありましたので、いつでも読むことができたんです。
当然非常に印象的な漫画として思い出に残ったわけです。もしかしたら「鉄腕アトム」や「ブラックジャック」よりも印象的だった気がします。
ですからこれはずっと自分にとって大切な作品だったんですけども、それだけにもし自分がこれを映画化するならば、自分にちゃんとその心構えができるまで、あるいは実力がつくまで待ってからやろうと思っていました。
そして、プロの映画監督として何本か作品を発表しておりますけれども、そろそろこれをやるべきかなと思いましたので、企画にいたしました。
そして自分も監督として仕事をしている中でいろいろ思っていることや、考えていること、それをちょうどこの作品に重ねて表現できるのではないかと思いましたので、この作品を選んだわけです。
ですから、この作品は父親の大事な作品であるというだけではなくて、私にとっても大事な作品になったと思っています。

手塚眞

– 映像には原作の漫画の雰囲気がとても良く出ていたと感じました。稲垣さん、二階堂さん、その他のキャストの皆さんも漫画から飛び出てきたようにも感じました。それは意識されて演出されたのでしょうか?

手塚眞監督
もちろん、映画のカラーや俳優さんの演技もぜんぶ含めて私が監督しているわけですから、私の演出の色というものが出るのだと思います。そしてもちろん、他の演出家よりも私は手塚治虫の血が濃いと思います。
ですから、自然にそういうものは出てくるものだと思っています。特にそうしようと心がけたつもりはないんですけど、結果としてはそんなふうになっているのかなと思っています。
撮影中に何度かスタッフから「ここはどうしましょう?手塚治虫だったらどうするんですか?」という質問を受けたことがあります。僕はその時、「無理に原作に戻らなくても、僕の考え方で任せてもらえればそれで大丈夫だ。」と答えました。
おそらく、漫画を読んでしまうと、その絵にこだわってしまって、絵を再現するだけの仕事になってしまうので、そうではなくて、その生きた手塚治虫の血を自分が沸き立たせてやれば、それが正解になると思っていました。

– ただ、渡辺えりさんは、(漫画のキャラクターの)まんまでしたよね?

手塚眞監督
実はですね、渡辺えりさんもそうですが、主演の二階堂ふみさんが漫画の絵からほんとに抜け出してきたような、そっくりの格好をしているんですね。これは私のアイディアではなくて、キャラクターデザイナーの柘植伊佐夫(つげいさお)さんのアイディアです。彼は自分のことを「原作原理主義者」だと言っていました。
僕は最初、コスプレみたいになってしまうのではないかと、ちょっと心配していたんですけど、もちろん彼も大変なプロフェッショナルで、僕は何度も仕事をしていますので、最終的には彼の意見に合わせて作っていきました。

手塚眞

– 本作でクリストファー・ドイルさんを撮影監督に起用された経緯について教えてください。

手塚眞監督
この作品は日本の話で、日本の東京が舞台になっていますが、少し異国のようなといいますか、この世とは違うような景色を見たかったということです。
そして、街並みというのがこの映画の重要な要素となっています。その街並みを美しく撮る人がほしかったということです。
原作の中には、たくさんのテーマ、要素が入っているんですけども、これは非常にシンプルに考えれば、ラブストーリーなのだと思いました。
ですから、男と女を美しく撮れる人、そして街並みが綺麗に撮れる人。そして、日本人とは違う視点を持っているけれど、日本のこともよく知っているということで、ドイルさんが最適ではないかと思ったわけです。
そして、裏の理由がひとつあります。ドイルさんはプライベートではお酒が大変お好きな方だと聞いています。そして美しい女性が好きだということも聞いています。ですから、この物語は気にいるんじゃないか、ピッタリだと思ったんです(笑)
彼には5年前に脚本を送りましたけれども、その時にこれはすぐやりたいと、これは自分が撮らなければならない、撮るべきだと言ってきました。それで彼は実際にこの映画が動き出すまで5年間も待ってくれたわけです。
僕は彼と一緒に仕事ができてほんとに幸せだと思っています。

– 本作の時代設定について教えて下さい。

手塚眞監督
時代設定についてはいろいろ考えたんですけど、結果的に現代にしました。もしこれを過去の話ということでやると、なにかノスタルジックな香りが強く出すぎてしまうんじゃないかと思いました。それともし、原作の舞台になっている1970年代の新宿を完璧に再現しようと思うと、もうとにかくものすごいバジェット(予算)になってしまうと思ったからです(笑)
ただ、社会的な状況は当時と今とちょっと似ているんじゃないかと思うことがあります。たとえば貧富の差があることであるとか、政府に対する不満であるとか、そういうところはなにか70年代を思い出させるような状況が今もあると思っています。
ですからこれは現代ではいいのではないと、現代にしました。

-“ばるぼら”がミューズなのかどうかという設定はどのようにお考えですか?

手塚眞監督
おそらく原作の中でもミューズとは、はっきりとは限定していなかったはずです。途中からはオカルティックな悪魔の話になってしまいますし、そのへんは手塚治虫もちょっと曖昧に描いています。
ですからこれは見ようによっては美倉洋介という男の妄想であったと、彼女は現実にはいなかったというふうにも考えることができると思いました。
ですから、そこは観客の皆さんのイマジネーションに僕は委ねているつもりです。

– もし、手塚治虫先生が本作をご覧になったら、なんておっしゃったでしょうか?

手塚眞監督
もし本人が生きていればですね、僕がこういう映画を作りたいって言ったら、必ず「俺も一緒にやる」というふうに言ったと思います。
そして彼は自分で脚本を書きたかったと思います。そうすると原作の「ばるぼら」とはまったく関係ない違う話になっていたと思います(笑)
もし、彼が手伝わなくて今日のこの作品を観たらなんと言うか。「きっと俺だったらもっと面白くしたぞ。」と言うと思います(笑)大変負けず嫌いの人間でしたので。

手塚眞

Q&A

 

手塚眞

Q&Aで行われた質疑のうち、記者会見では語られなかったこと、あるいは更に深く語られたことを“映像”でご紹介します。
なお、上映後のQ&Aのため、ところどころ、ネタバレに近い言及があります。本映像をご覧になる場合は、その点をご承知の上ご覧ください。

※映像に収録している質疑
Q.稲垣吾郎、二階堂ふみをキャスティングしたプロセスは?
Q.ラストシーンの二階堂ふみの演技について。
Q.手塚治虫原作のうち「ばるぼら」を選んだ理由は?
Q.撮影監督にクリストファー・ドイルを起用した理由は?
これからご覧になる方へのメッセージ

手塚眞監督からのメッセージ(映像にも収録)

手塚眞監督
この原作はわかりにくい部分もある、一筋縄ではいかない原作だと自分でも思っています。
そして、これまでの私の映画作品も同じようにわかりにくい作品が多いと言われています(笑)
非常に尖った作品ですので、皆さんが咀嚼(そしゃく)して理解するまでに時間がかかるんじゃないかと思いますが、じわじわ来ると思いますので、そのうち時間が経って思い出してくれたら、周りの人にも宣伝してもらえると嬉しいです。
そしてまた是非一般上映の時に観に来ていただきたいと思います。来年中の一般上映が決まっております。
まだ日にちは言えないんですけども、必ず来年中に、日本中で上映いたしますので、もうしばらくお待ち下さい。

手塚眞

[写真・動画・記事:Jun Sakurakoji]

映画『ばるぼら』

監督:手塚眞
原作:手塚治虫
撮影監督:クリストファー・ドイル
音楽:橋本一子
主演:稲垣吾郎、二階堂ふみ
出演:渋川清彦、石橋静河、大谷亮介、渡辺えり、美波、片山萌美、ISSAY
©2019 Barbara Film Committee

2020年 全国公開

映画『ばるぼら』海外版キービジュアル

映画『ばるぼら』製作発表記者会見
二階堂ふみ/手塚眞監督/稲垣吾郎(2018年11月20日東京・帝国ホテル、製作発表記者会見にて撮影)