大林宣彦監督が奇跡の映画と評した『隣人のゆくえ』(2017)。この作品に出演する吉田玲(17)が、大林監督の次回作『Labyrinth of Cinema=海辺の映画館 キネマの玉手箱』(2020年春公開予定)の主演に抜擢されたのは先日お伝えしたとおり。その奇跡の映画『隣人のゆくえ』は、高校生たち自身による手作り自主制作映画であり、当時どういう思いで取り組んだのか、関わったスタッフやキャストにお話を伺った。

海辺の映画館
『隣人のゆくえ』に出演、大林監督次回作主演に抜擢された吉田玲(17)

『隣人のゆくえ』のメガホンを取った柴口勲監督は、本業はサラリーマン。先の大戦の市街地の空襲で焼け落ちて再生した梅光学院(山口県下関市)の写真記録「カンナ炎える夏―下関空襲の記録」(撮影・上河内茂夫)を取り入れるということ以外は白紙状態で、映画を撮るということを思い立つ。
梅光学院と交渉を続ける中、ついに撮影することが実現。同校から参加を希望した中高生40名とワークショップを1ヶ月間重ね、作品を仕上げていく。
年齢的にも思春期真っ盛り、そして中には反抗期真っ盛りの生徒もいて、なかなか監督の思い通りに映画製作が進まない中、出演、作曲、演奏、振付、撮影、録音、照明、他を中高生40名が手がけた77分のミュージカル映画がついに完成する。
それについて柴口勲監督は、「個々(の生徒)が少しずつ優しさを持ち寄り、それが重なり合って完成したのです。」と振り返る。

大林監督の次回作へと夢をつないだ映画『隣人のゆくえ』(2017年・柴口勲監督)は、、9月14日より9月20日まで、池袋シネマ・ロサにてアンコール上映中。
シネマ・ロサ公式サイト

「学生たちの声を多くの人たちに届けて欲しい」

隣人のゆくえ
竹内義晶(助監督・作曲)/福田 麗(部長役・振付)/正司怜美(主演・作曲)/柴口勲監督

そうやって完成し、大林監督の新作映画にも夢をつなげた映画『隣人のゆくえ』。柴口勲監督の「ぜひ映画製作に関わった学生たちの声を多くの人たちに届けたい」という思いから今回のインタビューは実現した。

お話を伺ったのは、柴口監督、そして中高生40名のなかで中心的役割を果たした次の3名。

正司怜美
撮影時高1。カンナ役と劇中歌3曲を手がける。

正司怜美
正司怜美

福田 麗
撮影時高2。絹代役と振付けを手がける。

福田麗
福田 麗

竹内義晶
撮影時高1。助監督と劇中歌1曲を手がける。

竹内義晶
竹内義晶(2019年9月撮影)

Q1.『隣人のゆくえ』の制作経緯について教えて下さい。

柴口勲監督
『ワークショップを通じ生徒とゼロから映画を作りたい。梅光学院を記録した「カンナ炎える夏―下関空襲の記録」(撮影・上河内茂夫)を取り入れること以外、物語は白紙です。』と梅光学院の校長を訪ねました。想いは届いたのですが半年が過ぎ諦めかけていたところ、映画作りの話を知った二人の先生がミュージカル部と軽音楽部に声をかけゴトリと歯車が動き出しました。

竹内義晶(撮影当時高1。助監督、劇中歌作曲)
まず、ホームルームの時に、A4サイズのプリントが配られました。
手紙のようなもので、そのタイトルは、「隣人からの手紙」…だったと思います。
そこには、「映画を作りたい」という話と、もし、映画作りをするなら、何をやりたいか、どんな役がいいか、といった質問が書かれていて、監督自身がテキストを打ち込んだものでした。
参加希望については、そのプリントに名前を書いて応募する形式で、後日、参加希望者が集められた時が、監督との初顔合わせでした。
監督が教室に現れて、「先日、手紙を出したのは私です。」、「脚本も、台本も、音楽も決まっていないけれども、映画を作りたい。」という話をされました。
映画製作にあたって、「カンナ炎える夏―下関空襲の記録」を映画に使いたいということが私たちに明かされたのは後日で、ワークショップ初日にはありませんでした。
そんな監督からの手紙から、映画作りが始まりました。

Q2.一か月間にわたり行われたワークショップはどのようなものでしたか?

竹内義晶
ワークショップ初日、談話室で顔合わせをした後、「抜けたいと思ったら抜けていいから、まずは話を聞いていって。」という監督の言葉から始まりました。
参加した生徒は映画作りの経験はありません。
ワークショップの内容は僕たちにとってまるでゲームのようで、皆で輪になり、監督から参加者全員に質問を投げかける形で行われました。
「生まれ変わったらなりたい動物と、その理由を3つ答えてください。」
「ファミレスで、オレンジジュースを頼んだのに、グレープフルーツジュースが届けられた時にどう応えますか?」
当時の僕は「遊んでいるだけ?」と思いましたし、その他の誰も監督からの質問の意図は誰も分かっていなかったと思います。
後に、参加者の性格などを知るためだったり、演技力・表現力・想像力を見極めるための質問なんだとわかってきましたけれども。また、監督は多くを語らない方でしたが、学生目線に降りてきて、わかりやすいように伝えてくれたんだとも思います。
「ハリーポッターの敵、闇の魔法使いヴォルデモートになったと仮定して、なぜ、世界征服をしたいか」という質問もあり、これは、配役を決める質問だったそうなのですが、「することがないから」という理由を答えた学生がいて、「することがないという理由で世界征服とは、恐ろしいことを考える子だ…。」と思いましたが、結果、その学生が映画の中でも重要な役割を担う役に決まりました。

正司怜美(撮影時高1。カンナ役、劇中歌作曲)
竹内くんの言う通り、ワークショップでの監督からの質問は意味不明なものでした(笑)
質問したら、監督は、みんなのことを知るためにしているとおっしゃってました。でも、こんなことで何がわかるんだと不思議には思いました。

福田麗(撮影時高2。絹代役、振付け担当)
顔見知りだけど話した事がない子達がどの様にお話をするのかとてもワクワクしていました。

Q3.竹内さんが助監督に選ばれた理由はなんだと思われますか?

竹内義晶
監督から伺った3つの理由があります。
 1.空を飛び回れるから
 2.針があるから、自分を守れる
 3.複眼(視野が広くて全方位が見える。安全だったりまわりがよくみえる)
これは、ワークショップで「生まれ変わったらなりたいもの」という質問に僕が「ハチになりたい」と答えたんですが、それを監督が深層心理と受け取ったようです。
持っている針を攻撃ではなく防御に使うという考えが、監督に気に入っていただいたポイントでした。
周りをよく見る子なんだなと思ってくださって、助監督にしようと決めていただいたそうです。

Q4.福田さんは劇中歌の振付を担当されています。当時、振付の経験はありましたか?また、振付の際に、参考にしたもの、心がけたことはありますか?

福田麗
ありませんでした。振付デビューですね(笑)
あれが16歳福田の全力精一杯だったとは思いますが、今見たら何だコレ??という感じです(笑)
ただ、歌詞と連動させるために歌詞を何度も見て、何度も歌いながらお家のリビングで考えた事は覚えています。

Q5.皆さんそれぞれが任された役割について、当時を振り返って取り組まれたことを教えて下さい。

竹内義晶
助監督は、まさに監督の手となり、足となる役割でした。
脚本協力に関しては、監督からの「今の学生はどんなふうに教室で過ごすか」という問いに対して、学生たちがスマホを手にした教室のシーンのベースを僕が書いています。
後ろ向きの撮影時に監督をひっぱったり、人込みに声をかけてスペースを空けてもらったり、頼まれたものを取ってきたりとか。
撮影に使うアゲハの捕獲は、撮影を担当した上垣内愛佳さんが行ったりしました。

正司怜美
私ははじめ、音楽制作を希望しました。監督からミュージカル映画にしたいという話があり、ワークショップと並行して「はじまりのふたこと」の歌作りが始まりました。監督が歌詞を書き、監督の頭の中のイメージを私が音楽にする、という二人三脚での作業でした。そんなことをしていると、何を思ったのか、監督から「出演者を決めるオーディションに参加しないか」と言われて、出てみると主演になっていました。

– 作曲について

竹内義晶
梅光学院在学時、僕は音楽科のピアノ専攻で学んでいて、部活は軽音楽部でしたが、「傘」(『隣人のゆくえ』劇中歌)は、僕が初めて書いた曲です。
この曲を書いたことがきっかけで、以降、オーディションへ応募したり、いろんな活動をするようになりました。
「傘」の歌詞は監督ですが、歌詞の内容そのものは知らせていただけてなく、イメージを伝えられただけでした。
曲を書いてと言われて、どんな曲にしようかと考えて、オーディションの日に弾いてみたら、監督から「いいね」と言われました。
その頃は、作曲、演奏にあたって、楽譜を書くのが嫌いで、頭の中で考えて弾いて、楽譜なしに作った方が良いものができると思っていました。形式的に作ろうとすると良いのができないと思い込んでいたんです。
ただ、「今のは良かった」って言われても(楽譜を書いてないせいもあり)再現ができないんですね。
なので、毎回、携帯で録音しました。とにかく、インスピレーションが大事だと思っていたんです。
一発録りだったので、緊張したのですが、監督から「すごい、今のよかった!」と言ってもらえて、その時の一番良い音で作ることができました。そういった経緯でてきたのが「傘」という曲なんです。

Q6.皆さんは撮影当時のご自分たちを「反抗期真っ盛り」だと振り返ってられます。その点について撮影で大変だったことはありますか?

福田麗
(監督や皆とは)ぶつかり合いというか、ただ私がつっぱり、とんがっていただけなので…本当にすみませんでした!という気持ちです。
たとえば、役柄的に私の方が折れないといけない喧嘩シーンでも、後輩が「麗先輩が本当に怖い」と逆にどんどん弱くなってしまうほど私は強気でとんがってて・・・。そのせいで一向に監督のOKが出ず。
そうすると私はますますイライラしてしまって、そのうち監督は私の事を「ゴジラ」と呼ぶようになりました(笑)
どうしても負けたくなかったあの頃の私が映像として残っているのは一生のネタです。

正司怜美
音楽制作では、監督とよく揉めました。意見がぶつかると、お互い自分がいい!と思う意見の理由をどんどん言い合って、最終的には私の意見が通った方が多いかもしれません(笑)あの頃は、よくあんなふうに言えたなと思ったこともありますが、監督はちゃんと意見を聞いてくれるという信頼があったので、言いたいことを言えたと今は思います。

竹内義晶
福田さんはキャスト側だったので、スタッフ側の僕とは映画を作り終えてから交流するようになりました。
福田さんは、反抗期だったからというけれど、何に反抗していたのかは明かさないですね。隠しているというか、恥ずかしさもあるんだと思います。
キャストのまとめ役だったり、振付担当だったこともあって、思い通りにいかないときに、皆んなとのダンスの後に、泣くほどでした。
「私はこうしたいのに、やらせてくれない。」という具合に、福田さんと監督が一番ぶつかっていたと思います。
その激しいやりとりがあったことで、映画がより良くなったのではないかと僕は考えています。
正司さんは反抗期で感情的になることもあったのですが、監督とぶつかりっても納得できると、適応力の高さで音楽作りでもなんでも言われたことができていました。
僕とは中学からの付き合いで、悩みも聞けたので、支えてあげることができたと思います。
その一方、他の生徒は反抗というよりはわがままだったのかもしれません。
梅光学院は習い事をしている生徒が多く、その予定が優先されて日程が合いませんでした。
これは自分はわがままを言っていられないなと思いまして、「この日の予定を空けてほしい」と交渉する監督と生徒との仲介役も担いました。

Q8.改めて、学生時代に映画製作に携わったことを振り返っての感想をお聞かせ下さい。

正司怜美
こんな貴重な経験ができたことに、とても感謝してます。参加するか迷ったけど、参加すると決断した自分を褒めたいです。この映画制作を通して、音楽とちゃんと向き合うことができました。将来、音楽で映画に携われたら嬉しいと思います。

福田麗
高校生の時は数年後にこんなにも沢山の方に観て頂ける作品になるとは思っていませんでした。機会やチャンスがあれば、また色々な事に挑戦していきたいです!!

竹内義晶
感想としては、率直に言って、やってよかった、貴重な経験をさせてもらったと思っています。
映画を愛してくれる方々がいらして、公開から時間が経っても再上映されて、そんな愛される作品を作れてよかったです。
学生が作った拙い映画だとしても、それを皆さんがきちんと受け止めてくれてありがたいです。
この作品を通じて、人とのつながりや得られたものがたくさんあります。
僕は話すのが好きで、予定調整や相手へのプランの提示、交渉術。言葉づかいを身につけることができました。
助監督は、監督・キャストに偏らず、お互いのことを尊重しつつ、落し所を探すポジションだと思います。
目上の人や大人の方々と会話する機会が得られてよかったと思っています。

Q9.『隣人のゆくえ』は、ご自身にとってどのような映画ですか?

正司怜美
私にとって「青春」です。4年経った今だから思うのかもしれません。映画を観ると、撮影の時期だけでなく、梅光学院で過ごした6年間の思い出が蘇ってくる気がします。

福田麗
この映画に関わっていなかったら今の私はいません。すごく大袈裟に聞こえるかもしれませんが本当です。
「映画は終わってからが始まり」と柴口監督が仰っていました。(反抗期の私)「意味わからんし」と思っていたのですがまさにその通りだと思います。この映画が完成してから素敵なご縁で沢山の方と出逢う事が出来ました。

竹内義晶
柴口監督が、大林宣彦監督からのメッセージの手紙のコピーを全員に持ってきてくれました。
その手紙は直筆でいただいたものでした。
本当に感動し、夢かと思いました。
こんな大林監督が僕らの映画を観てくださったんだと、本当にびっくりしました。
この作品のことをひとことでは片づけたくないのですが、あえて言うならば、「青春」です。
青春って、きれいなものばかりではなくて、辛かったり、苦しいこともあったりすると思います。
この映画を作ることが、自分にとっては、分岐点や変わり目でした。
いつかは曲を作ってみたいと思っていた時期でしたが、何かきっかけが必要でした。
この映画のために、「いつまでに作って!」という依頼と締め切りがもうけられて、この時期に必死になれた、生まれ変わったターニングポイントでした。
物事に対して、全力を注ぐことができ、自分でやらねばならない責任感を感じました。
そんな自分と向き合うきっかけになったのが、この映画です。

Q 10.上映開始以来、舞台挨拶を重ねてこられて思うことはありますか?

正司怜美
舞台挨拶はとても緊張します…でも、観てくださった方々と話すことができるのは嬉しいです。でもやっぱり1番嬉しいのは、音楽を褒められることですね。いつも、「どの曲が1番好きか」を聞いて、竹内と勝負しています。
少しでも気になったら観てください。そして素敵な映画だ、(音楽だ)と思っていただけたら幸いです。

福田麗
舞台挨拶の際に質問コーナーを設けるのですが、感想を言って下さる皆様が、本当に綺麗な日本語を使って私達に伝えてくれるんです。
『隣人のゆくえ』という映画は予習なしで観に来て頂きたいです!

竹内義晶
舞台挨拶は、登壇時の構成を練ることが楽しかったです。
予定や交通費の工面の関係で、その時々で、登壇メンバーが違いました。
いつもドッキリするような仕掛けを考えて、毎回、パターンが違うことをするんです。
そんな仕掛けの一瞬の成功を僕は舞台袖から見ているんですが、いつもいいなと思います。
登壇するメンバーは度胸がついたと思います。
また、自分の作った曲が生で歌われて、感極まって泣くお客様もいらして、僕らが苦労して作ったことやメッセージが伝わっているんだなと、毎回、感無量になります。
この映画は、幅広い年齢の方に観てもらいたい映画です。
“戦争映画”というと、重たく受け止められたり、取っつきにくかったり、暗いイメージを持ちがちですが、
戦争にマイナスの感情だけを持つのではなくって、どこにでもある高校の女の子の体験したことにあてはめることで、身近なものとして感じて欲しいです。
戦争を考えるあたってのきっかけにしてほしいです。
夏になったら、思い出してもらって、なんとなくでよいから、こういうことがあったんだと考えてもらえたら嬉しいです。
予告編にも「ミュージカル映画?ホラー映画?青春映画?」といったセリフがでてきますが、そういった混ざり合ったものを考えながら観てほしいです。
同年代にも観てほしいですね。感想がいろいろでてくると思うので、上映後はいつも気になります。

Q11.以上当時を振り返っていただきましたが、ご自身の将来の夢についてお聞かせ下さい。

正司怜美
これといった夢はありません。でも、音楽に携わりたい、音楽を作りたいと思い、大学で作曲を専攻しています。

福田麗
ミュージカル女優です。ずっと歌って踊って表現していたいです。

竹内義晶
映画をやってみて、芸術系っていいなと思っていたんですが、所属していた音楽科のレベルが高く、自分が遅れをとってしまったことで、劣等感を感じ、ピアノを弾きたくなくなってしまった経緯がありました。
学費などの金銭面の問題もあって、音楽は趣味レベルで続けていこうと思いました。
いざ、音楽から離れたり、周りが楽しんでいるのをみると、戻りたい気持ちがあります。
当時の先生も音楽を続けていたほうがいいと言ってくれて、発表会に誘っていただいたりして、演奏することがあります。
今は、舞台芸術の企画や表現する人を支えられる仕事もいいなと思っています。
作り手の気持ちを理解し、これまでの経験を生かして、音楽や映画に限らず裏方だったり、なにかクリエイティブな仕事ができたらなと思っています。

[インタビュー:Ichigen Kaneda、記事・校正:Jun Sakurakoji]

映画『隣人のゆくえ』

【作品概要】
下関市の梅光学院の40名の中高生をキャスト・スタッフとした自主映画。オリジナル・ミュージカル 。

【ストーリー】
両親の別れた日、カンナは忘れ物を取りに学校へ戻る。校内の歌声に誘われて着いたのはミュージカル部だった。「夏休みの間私たちのたった一人の観客になって」と頼まれた彼女は迷いつつも部室へと通い、忘れ去られた 下関の歴史に触れてゆくのだった

【キャスト・スタッフ】
野村カンナ/正司怜美(高1) 、田中絹代/福田麗 (高2) 、金子みすゞ/吉田玲 (中2) 、他
音楽:正司怜美(高1)、岡村菜々子(中1)/振付:福田麗(高2)、助監督:竹内義晶(高1)

【公式サイト】https://rinjinyukue.wixsite.com/rinjinnoyukue

【上映予定】
『隣人のゆくえ』
9月14日~9月20日:池袋シネマ・ロサ(アンコール上映) モーニングショー

隣人のゆくえ