久慈秋まつり2017
久慈秋まつり2017 お通り(撮影 9月15日)

2016年8月30日、岩手県大船渡市付近に上陸した台風10号の豪雨による河川の氾濫は、秋まつり準備中の久慈市にも大きな被害をもたらしました。

[写真で見る台風被害のようす(久慈市役所)]

当時秋まつりが中止になった経緯と、2017年の秋まつり完全復活にむけての取り組みについて、今年当番組である中組 葛巻一幸(くずまきかずゆき)組頭にお話を伺いました。
そこから見えてきたのは、久慈のみなさんの頑張りと共に、久慈市だけでなく日本全国共通とも言える課題でした。

また、記事最後に完全復活した久慈秋まつり2017のフォトギャラリーと動画を掲載しています。
フォトギャラリーはお祭りに参加する人々の表情を中心に。
総集編動画は、迫力ある山車の展開のようすと共に人々の表情を中心に追っていて、3日間の撮影動画をギュッと13分に凝縮していますので、久慈秋まつり疑似体験としてどうぞ(最後にのんさんも登場します)。

台風襲来 秋まつりへの影響

今回、お話を伺った中組・葛巻組頭は、当時のことを次のように語ってくれました。

中組・葛巻組頭
中組 葛巻一幸 組頭

葛巻組頭
中組には、消防団員や消防署員が所属しており、その中には、山車(だし)小屋で山車の制作作業をしている者もいました。
幸いなことに、中組の山車小屋は、積んだ土嚢(どのう)により浸水被害は免れました。
山車が浸水したのは、巽町組、に組。
また、新町組は、太鼓や半纏(はんてん)といった備品が浸水被害を受けました。水に浸かった太鼓はもう使えないだろうと思われましたが、洗浄し乾燥させたところ復活したそうです。

久慈秋まつり2016中止の決断と久慈秋まつり2017の開催

葛巻組頭
祭りというものは、寄附金やご祝儀でできあがっています。
市内の被害は大きく、とても寄附金を募る状態ではありませんでした。
結果として、行列としての秋まつりは中止とし、大神宮による復興祈願だけは行うということになりました(記事註:久慈秋まつりは地元の「大神宮」を主とする三社大祭を由来としてます)。

そして、2017年の久慈秋まつりの開催に関しては、町の復興の状況をみて決断したそうです。

葛巻組頭
中組の山車づくりは、2017年6月から開始しました。
その頃には、今年の秋まつり開催の手ごたえがあり、山車はどの組も、基本的に昨年のテーマをそのまま使いました。
中組の山車は昨年の時点で6割ほどの完成度でしたが、だからと言って今年の山車制作が楽だったということはなく、余裕があると思っていたらけっきょく前日朝にようやく完成するという状態でした(笑)

久慈秋まつりの山車の歴史

12、13年前までは、山車は国道45号線を使って八戸(青森県)からけん引してきていて、今の山車にくらべるとサイズはコンパクトだったそうです。
その後、山車は久慈で制作することになり、中組でも11年前から自作するようになりました。
台車やフレームは使い続けますが、装飾品は毎年、その年のテーマに合わせて新しく作り変えます。
可動部分が多く、制作は簡単ではないことが予想されましたので、当初は八戸へ定期的に通って専門技術の指導を受けたそうです。

山車制作は、毎年、制作責任者がテーマ(物語)を考え、それを表現した絵図や設計図を描くところからはじめます。
テーマは各組自由ですが、傾向として三国志など歴史ものになることが多いそう。
そうやって制作された山車の装飾の数々は芸術性が高く見事です。

中組山車 中組山車

中組山車 
山車の制作には、有志・ボランティアの参加で成り立っており、メンバーは基本的に久慈市内在住者で構成されていますが、可能な人は県外から通ってくる人もいるそうです。
また、制作には参加できなくても、秋まつり当日に県外から戻ってくる久慈市民もいるそうです。

なお、山車づくり体験も申込制で受付けており、今のところ参加者は市民のみですが、実際の山車の装飾を体験することもできます。

久慈秋まつりでの山車組の見どころ

山車の見どころのひとつは創作太鼓。
中組のお囃子は、2000年頃に葛巻組頭ご自身が作ったとのこと(記事註:葛巻氏はバンドでの音楽活動の経験があるそうです)。
勇ましい大太鼓は、中組では独身男性が叩く決まりになっており、パートナーをみつけるという目的があるそうですが、十数年たっても独身の者がいるのが悩みの種とのことでした。

そして、最大の見どころは有料席、放送席あたりでいったん停車し、大きく展開するところです。

山車 - 久慈秋まつり2017

また、観てる人にはなかなかわかりませんが、パレードでは、前の山車との間隔調整が難しいそうで、空けすぎても詰まりすぎてもだめだと。下手だと後から叱られるそうです。
安全面では、山車の前後にセーフティ区間を設けるとともに運行責任者をつけて安全確保につとめているそうです。

久慈秋まつり 今後の課題

葛巻組頭は、「今回の山車制作にあたっては、皆が忙しい時間のなか日程調整をして、立派な山車をつくってもらっており、その点に頭が下がります」と語っておられました。
ですが、一方、少子高齢化の流れと若者のお祭り離れの傾向があることが課題となっているとのことです。
特に子どもたちは、山車や神輿のパレードに参加するよりも夜店を楽しみたいと思っている子が少なくなく、祭りに参加するよりも観る側にまわりたがる傾向があるそうです。
また、スポーツ少年団参加者の特に中学1、2年生は新人戦の日程と秋まつりがぶつかるため、そちらを優先してしまうそうです。
「スポーツ活動も大切なことであるけれども、伝統を守っていく上では地域貢献・社会貢献となるお祭りにはぜひ若者自ら参加してほしいですね。そのためには、子どもたちが秋まつりに興味を持ってくれるとともに、先生や保護者の方々の理解を深めていければ。」と、葛巻組頭は締めくくりました。

田屋町組事務所訪問

田屋町組事務所

中組取材のあと、当サイトは田屋町組の宴会におじゃましました。
そこでは秋まつりに参加する方々のさまざまなようすを伺うことができました。
しばらく久慈を離れていたけど、戻ってきて久しぶりに秋まつりに参加した青年たち、たまたま久慈に赴任してきた学校の先生たち、もちろんずっと田屋町組として秋まつりに関わってきた方々など、いろんな状況の人々が秋まつりを作り上げていることがわかりました。
秋まつり後継者不足を課題と語っていた中組・葛巻組頭でしたが、田屋町組でも状況は同じで、新しく秋まつりに参加した青年たちを暖かく迎えているようすも感じました。
田屋町のみなさんはとても気さくに私達を歓迎いただき、まさに「来るものは拒まず、去るものは追わず」ということを実感しました。
ちなみに、田屋町の組事務所には、のんさんが着た半纏(はんてん)とサイン色紙が大切に保管されていました。

田屋町組事務所
のんさんが2016年10月に着た田屋町組半纏
田屋町組事務所
田屋町組事務所にあるのんさんのサイン額縁
のん - 久慈産業祭り
田屋町組半纏を着たのんさん(久慈産業祭り 2016年10月23日撮影 I.Kaneda)

[取材・記事:Ichigen Kaneda / 取材・写真・構成:Jun.S]

[取材協力:中組 葛巻一幸氏、田屋町組のみなさん]

のん「約束を果たせて嬉しい」

先の記事にも書きましたように、2016年の久慈秋まつりには、女優・のんさんが招待されていましたが、台風10号で秋まつりは中止に。
当時、のんさんは、渡辺えりさんと共に久慈市を慰問という形で訪問し、また、久慈駅前で「のんさんお帰りセレモニー」という形で、被災した久慈市民を元気づけました。
その時、のんさんは1年後に戻ってくることを約束し、今回の再訪問実現の運びとなったのです。
(以下の写真は、2016年9月「のんさんお帰りセレモニー」にて。撮影:I.Kaneda)

のん - お帰りセレモニー
のんさんお帰りセレモニー(久慈駅前 2016年9月18日撮影)
のん - お帰りセレモニー
のんさんお帰りセレモニー(久慈市内シャッターアート 2016年9月18日撮影)
のん - お帰りセレモニー
のんさんお帰りセレモニー(渡辺えりさんと。2016年9月18日撮影)
のん - 久慈秋まつり2017
久慈秋まつりに帰ってきたのんさん(お還り 2017年9月17日撮影)
のん - 久慈秋まつり2017
久慈秋まつりに帰ってきたのんさん(お還り 2017年9月17日撮影)

フォトギャラリー 久慈秋まつり2017の人々 

1年ぶりに復活した久慈秋まつりに参加する人々の表情をとらえました。

[写真:Ichigen Kaneda]

ビデオギャラリー 久慈秋まつり2017

[4K]完全復活!久慈秋まつり2017総集編 with のん
展開する山車の迫力と、人々の表情を御覧ください(3日間の撮影動画を13分に凝縮しています)。

[4K]久慈秋まつり 2017 前夜祭

[4K]久慈秋まつり 2017 のん パレード&スピーチ

[4K]久慈秋まつり 2017 のん インタビュー編
パレード参加後、のんさんがインタビューに応じてくれました。

[動画・編集:Jun.S / 音声:Takayuki.K / インタビュー構成:Miho.K]