1月16日、NHK「歴史秘話ヒストリア」で“ぼくはアニメの虫 手塚治虫がやりたかったこと”が放送された。
日本の“テレビアニメ”の黎明的な作品である「鉄腕アトム」を“リミテッドアニメ”という手法で毎週30分の長編アニメとして世界初フォーマットを創り、アニメを創りたいために漫画家になったという手塚治虫についての特集で、その志は今の作り手にも確実に受け継がれているという内容だった。

番組公式サイト:
http://www.nhk.or.jp/osaka-blog/historia/312661.html

1秒間24コマというそれまでのアニメの常識を覆し、1秒間8コマ(もっと言えば口元とか部分的だけの動き)の“リミテッドアニメ”という手法で、世界で初めての毎週30分のアニメ番組の礎を築いた手塚治虫。
NHKの番組では、アニメ作りが夢だった手塚治虫の憧れだった人物としてウォルト・ディズニーを紹介。
戦後に日本で公開されたディズニーアニメに夢中になった手塚治虫のエピソードを次のように紹介した。

「ぼくはマンガ家」より(手塚治虫)。
『白雪姫』(1937年)が封切られるとたちまちひと財産をすってしまった。およそ50回は観たと思う。
次の『バンビ』は80回以上観た。やがて、1シーン、1シーンをすっかり頭の中に叩き込んでしまうと、今度はくるりと後ろを向いて、他の客の笑ったり泣いたりの表情を我が事のように喜んだ。

そして、鉄腕アトムが日本でアニメ放送された翌年の1964年、ニューヨークで開催された世界博覧会に、サンケイ新聞の特派員として現地入りした手塚治虫は憧れのウォルト・ディズニー氏と直接対面。
その時ウォルト・ディズニー氏は「アトムは知ってます。非常に興味深いアニメだ。これからの子供たちは宇宙に興味を持ちます。私もこれから作ろうと思う。」と手塚治虫にコメント。それは、手塚治虫のアニメが世界のディズニーに認められた瞬間だった。(「文藝春秋 1967年5月号」)

また、晩年では次のようなコメントを語っている。

朝日賞受賞記念講演より(手塚治虫)
アニメーションは、生きているエネルギーとか生きているバイタリティみたいなものをとにかく現す芸術じゃないかって気がするんです。
我々は生きているんだ。我々は生きているという感慨の元に何かやらなきゃいかんのだということを子供たちとか、あるいは、アニメーションを観ている方々に訴えることだと思います。
そのために、私はアニメーションが創りたい。

そして、番組終盤では手塚治虫のアニメーション創作の遺伝子を直接受け継いだ人物として日本のアニメを支えてきた丸山正雄氏、高橋良輔氏がNHKのインタビューに次のように答えている(収録場所:MAPPA)。

高橋良輔(『太陽の牙ダグラム』『装甲騎兵ボトムズ』)
綺麗事で誤解されちゃうかもしれないんですけど、「あなたも創り手ですから」っていうのをしょっちゅう言われるんですよ。
「えっ?アニメーションでこんなことをやってもいいんだ」っていうことを技術的なことだけじゃないことを僕は(手塚治虫さんから)感じたんじゃないかな。
だから、アニメーションの間口ってこれだけ拡がってるじゃないですか。
手塚治虫先生の実績から、日本の漫画にプラスして、アニメーションじゃなくてアニメっというのが始まって、そこで育っていった。
その人達が二周りくらいして、今、支えているって感じですね。

丸山正雄(『パプリカ』『サマーウォーズ』『この世界の片隅に』)
アニメを作る土台を作ったっていう、鉄腕アトムという作品は結局そういうことだと思います。そこから出発している。手塚治虫ありきだと、僕らは思います。

手塚アニメは今も現代の創り手によって進化を続けており、手塚治虫原作の『どろろ』。50年ぶりに新作アニメとして蘇っている。

TVアニメ「どろろ」
TOKYO MX:2019年1月7日(月)22:00~
BS11:2019年1月7日(月)24:30~
時代劇専門チャンネル:2019年1月11日(金)26:00~
Amazonプライム・ビデオにて日本・海外独占配信